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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)2508号 判決 1982年8月31日

控訴人

上原和子

右訴訟代理人

谷口茂高

被控訴人

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

澤田英雄

外四名

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金二五〇万円及びこれに対する昭和五五年四月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因の(一)、(二)の事実(偽造文書による登記申請の受理)は当事者間に争いがないので、以下、右登記申請を受理した登記官に過失があつたか否かについて検討する。

1  <証拠>によれば、控訴人は昭和五〇年六月頃、その夫喜蔵名義で、静岡県伊東市宇佐美字沼ノ山三二二六所在の建物(別荘)を購入し、その支払いの資とするため、東洋商事を通じ、控訴人所有にかかる本件土地を売りに出していたところ、同五三年一〇月六日頃、訴外芝本武也が竹下なる名刺を持参して、右土地の買入れ方を求めたので、同人からこれにつき上司に説明する必要があるとの求めに応じ、同人に対し、本件土地の登記済権利証、及び、控訴人の印鑑証明書のいずれもコピーを手渡したが、右芝本と意を通じた訴外浅尾鑛太郎らは、同年一一月頃、大阪市大正区長作成にかかる右印鑑証明書にコピーを利用し、本件仮登記申請書に添付された控訴人の委任状及び印鑑証明書を偽造した。右偽造の方法は、まず、右コピーの「上原)及び「大阪市大正区長の印戸籍登録課専用」との文言のある控訴人印及び大正区長印の各印影をペーパートレースしたうえ、そのネガフィルムを作成し、更に、製版機で右文言を刻した各偽造印を作出し、本件委任状(乙第一号証の四)については、市販の委任状用紙の委任者の欄に、控訴人の住所、氏名を冒書し、その名下に右偽造にかかる控訴人印を押捺しているものであり、また、本件印鑑証明書(乙第一号証の五)については、右コピーの発行番号、発行年月日、及び、大正区長印の印影を各塗抹し、更に、これをコピーしたうえ、その発行番号欄に「031845」、発行年月日欄に「昭和53年11月13日」と各ゴム印を押し、大阪市大正区長名下に右偽造にかかる大正区長印を押捺して偽造している。そして、右のような偽造の結果、本件委任状に押捺された控訴人印の印影が本件印鑑証明書の控訴人印の印影と、また、本件印鑑証明書の大正区長印の印影と同区長作成にかかる真正な印鑑証明書の同区長の印影と類似し、本件委任状、印鑑証明書とも巧妙に偽造されているが、本件印鑑証明書と大正区長作成にかかる印鑑登録証明書を対照すると、大正区長印の印影の印肉が若干異なり、本件印鑑証明書の発行番号031845の各数字の間隔及びその横一列の並びの上下が多少不整いで、かつ、その数字の一つ一つが大きく、本件印鑑証明書の発行日付けである昭和五三年一一月一三日に発行の真正な大正区長の印鑑登録証明書の発行番号008817の整然とした配列とは全く相違している。なお、本件各仮登記申請は、訴外浅尾から依頼を受けた同堀川清人により、控訴人から訴外橋本司法書士を代理人としたものとして、権利者である訴外住田安秀のためなされているが、右申請書には登記原因を証する書面の添付がなく、申請書副本により、控訴人からの委任による形式でなされている。ところで、警視庁板橋署勤務の弓削幸保警察官は、昭和五三年一二月一八日頃、丸義商事なる金融業者の島田から、次のような内容の告訴を受けた。すなわち、右島田は、澤田三郎なる者から、控訴人の夫である喜蔵名義の前記伊東市宇佐美所在の建物を担保に供するとして、その登記済権利証を見せられ、同人に金員を貸与してこれにつき仮登記に及ぼうとしたところ、右権利証が偽造のものであり、右金員を騙取されたというものであつた。そこで、右弓削警察官は、右権利証等が偽造のものであるか否かの裏付け捜査を開始することとし、翌一九日夜、同板橋署警察官を通じて控訴人に架電し、右事情聴取のため同月二〇日来阪するが、ついては、大阪で、控訴人所有の不動産が無断で処分されていないか調べておいてほしい旨連絡した。控訴人は、既に、その以前の同月一四日頃、他から、喜蔵名義の伊東の建物につき権利証と委任状を持参している者があるので買いたいという話を聞いたので、右喜蔵が静岡法務局伊東出張所に出むき、登記申請のあつた場合の連絡方を依頼し、その後の連絡をまつて、右物件につき虚偽の申請が受理されずに終つていた経過があつたところ、右警察官からの電話連絡に驚き、翌二〇日、早々に江戸堀出張所へ、その長女である岡本真佐子に確認のため行かせることとした。右岡本は、同月二〇日午前九時すぎ頃、同出張所に赴き、本件各土地についての登記申請の有無を確かめるべく、右土地登記簿謄本の交付申請をして、同出張所職員に対しその調査を求めたところ、同職員から、右各土地については、同五三年一二月一四日付けで、本件各仮登記申請がなされ、その手続中であることを理由に、右謄本の交付ができない旨告げられた。このため、右岡本は、右職員に対し、控訴人において何らの登記申請もしていないし、現に、控訴人の登記済権利証をも持参しているとしてこれを示し、更に、別に、その父喜蔵名義の建物が先日無断で処分されそうになつたことがあると説明し、本件各土地につき登記記入しないよう強く求めたところ、同職員から、本件では控訴人本人が委任してその申請をしているのではないかといわれたので、右岡本はこれに憤慨しつつも母(控訴人)は字が書けないから右のような申請をすることがないとして、本件の無効な登記の避止を訴え続けた。このようなことから、同出張所職員は、右各登記申請の代理人とされている橋本司法書士に、その事実を確認のうえ、右申請を取下げる手続をとるようにと助言するとともに、とも角、同日午後四時頃までは、右申請による登記記入を見合わせることとする旨伝えたので、右岡本は、右の交渉の途次、右橋本司法書士事務所に赴いたところ、右司法書士は不在であり、同事務所の幸田事務員は、右申請に関し他から費用を貰つていることであるから、これを取下げることができない旨答えるようなことがあつた。他方、弓削警察官は、同年一二月二〇日午後一時頃、鈴木敏警察官とともに、前記伊東の建物の件で、控訴人らから事情聴取をするべく大阪市大正区の控訴人方を訪れたところ、右岡本は、弓削警察官に対し、同警察官からの架電に基づき、同二〇日午前中に江戸堀出張所に行き、その調査のため本件各土地の登記簿謄本の交付申請をしたが、同出張所職員から、右各物件について登記申請中であるとして右謄本の交付を断られ、しかも、本件各土地の権利証を示し、その申請をした事実はないのでかかる他人による虚偽の申請がいれられないよう求めたのに、同出張所の職員から、控訴人本人がやつているのではないかと疑われて大いに憤慨した旨伝え、同警察官らに対し、直ちに右出張所に赴き、右控訴人らの関知しない虚偽の申請による登記記入を阻止してほしいと願い出た。しかし、右弓削警察官は、まず右伊東の建物の件を捜査するため来阪していると告げて、控訴人につき、その供述調書を作成する作業に入り、同時に、本件登記申請の疑惑に関しても、右鈴木警察官とともに事情聴取を続け、同日の夜間までかかつて、右伊東の事件のほか本件登記申請の被疑事実について、その供述調書の作成を了したのであるが、弓削警察官は、同日午後には、大正区役所に出向き、持参した捜査事項照会書に基づき、上原喜蔵名義のカード番号について回答を求め、同喜蔵の印鑑証明をとつて帰り、ついで、同日午後三時三〇分頃には、右控訴人宅から江戸堀出張所に架電し、同所の梅田登記官に対し、警視庁板橋署勤務の弓削警察官であると告げたうえ、前記伊東の物件についての詐欺事件、その登記申請をめぐる経過についての概略、及び、右物件についての印鑑証明書及び委任状の偽造につき捜査のため来阪しているが、この件に関連し、控訴人らの供述等に基づき、本件各土地の登記申請にも疑いがあり、これについても捜査の必要を認めるが、そもそも、誰が右仮登記申請をしているのか、その住所、氏名を教えて貰いたい、この件について捜査事項照会書をもつていないが、これについても調査したい、このため本件土地登記簿謄本がほしいので、翌二一日うかがうから、その謄本の写しの用意を願いたい、その際、身分の確認を経て、これを受領することとしたい、ついては、右伊東の物件については伊東出張所においてその受理がなされなかつたことでもあるので、大阪においても同様、明日まで、本件仮登記申請についても登記記入することを差し控えて貰いたいと話し、この点につき、大阪ではどうか等若干のやりとりが繰り返された。そして、この電話を傍らで聞いていた控訴人らは、右弓削警察官の申出により、本件各土地につき、虚偽の申請による登記記入がなされないものと考えていた。梅田登記官は、遅くとも同日午後には、江戸堀出張所の職員から、右岡本が、本件各土地の登記済権利証を提示して、右各土地につき登記をしないよう求めていた等の経過について報告を受けていたし、更に、右同日午後三時三〇分過ぎ頃の架電の相手が、板橋署の弓削警察官であることを認識することができたけれども、同出張所の職員から右岡本に対し、右同日四時頃までに、司法書士を通じて申請を取下げるよう助言している筈であるのに、右時刻を過ぎても、なお、控訴人らから同の応答もなかつたうえ、同出張所において、同月一四日受付けにかかる他の登記申請については同日までにいずれも登記記入しているのに、右同日受付け分中、本件仮登記申請のみが未処理の状況にあつたため、その処理の必要上、同日午後五時以降において、本件各土地についての申請書の審査を了し、これにつき登記記入(校合)を完了した。なお、弓削警察官は、翌二一日午前一〇時頃、右出張所を訪れ、右登記官から、前もつて用意されその机上に置かれていた登記簿綴及び本件仮登記申請書類を見分して、その場で、本件各土地の登記簿謄本等のコピーを受領し、その足で、大正区役所に赴いて、同所の印鑑証明書印等を調べて、本件申請書の委任状、印鑑証明書と比較し、本件印鑑証明書に記載されている031845なる番号が実在せず、また、右番号の活字の不整、異常であることを確認したうえ、右出張所にひきかえして、これらが偽造である旨を伝え程なく東京に帰つたこと、以上の事実が認められ、<反証排斥略>また、乙第四号証(控訴人の同月二〇日付供述調書)中、大阪法務局江戸堀出張所に仮登記されているとあるのは、その趣旨から、仮登記申請中の意味に解されるから前認定に影響はなく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

もつとも、被控訴人は、右岡本は、同月二〇日右出張所を訪れておらず、また、梅田登記官ら同出張所の職員が、右岡本に対し、同月二〇日午後四時頃までに、登記申請取下げの手続をするよう話しそれまでの猶予を認めたことがないというけれども、同出張所職員らには、その申請名義人とされた控訴人がこの申請をしているかも知れないとの認識があつたからこそ、その申請代理人とされている橋本司法書士と連絡をとつたうえ善処するよう求め、その取下げに関する応答との関係で時間の経過をまつこととしたものと認められ、現に、前示のように、右登記官において、同日午後五時頃ないしその以降において登記記入(校合)を了していることからすると、同出張所職員らは、同所に来庁した右岡本に対し、申請取下の猶予につき、同日午後四時頃を一応のめどとする旨話していたとみるのがむしろ自然というべきであり、また、被控訴人は、右登記官は、弓削警察官について警視庁板橋署の警察官であることを確認する術もなく、その来庁を待たないと要領を得ないものであつて、右警察官からの架電についても特に留意しなかつたとしても当然である旨述べるけれども、右警察官の架電の状況は、捜査担当官にみられる用語によつたものというべく、その内容も捜査に関与している警察官でなければ知悉し得ない事項に及び、これに対し、右登記官が電話により若干時間対応を継続している状況、ないし、翌二一日午前右出張所を訪れた右警察官との初対面の際、右登記官が登記簿綴を用意し、本件各土地の登記簿謄本写をその場で交付している姿勢に従えば、同登記官は、同月二〇日午後三時三〇分頃の右電話の相手方である弓削警察官が、板橋署警察官の身分を有し、かつ、円警察官が、前記伊東の物件のほか、本件登記申請の不正についても捜査中であることを十分認識していたものと認めるのが相当であるから、被控訴人の右各主張するところはいずれも採用することができない。

2 ところで、登記官は、登記申請書を受取つたときは、遅滞なくその申請に関するすべての事項を調査すべきであり(不動産登記法施行細則第四七条)、不動産登記法第四九条第一ないし第一一号所定の事由があるときはこれを却下すべきものとされ、その調査の範囲については、形式的に真正な書面によるものであるときはその実質的関係も推定すべきであること、これによる不動産登記事務の迅速な処理の要請に鑑み、登記官は、提出された申請に関する書類の形式的適法性を、申請書のほかその添付書類そのものにとどまらず、これらと既存の登記簿、印影の相互対照などによつて、その審査をする権限を有するものとされているが、右調査の過程において、右各書面の外形上、申請人ないし申請の内容につき容易に疑いを抱かせるような事項が看取できるような場合、ないし、これが必ずしも容易でない事項であつても、捜査官等からの該登記申請が虚偽である旨の連絡があつたような場合には、不動産登記制度における権利変動の公示の重要性から、かかる特段の事情のない通常の場合以上に、その登記申請についての審査をより慎重にし、不真正な書類に基づく登記申請を却下すべき注意義務があるものと解され、かかる注意義務の加重は形式的審査権と何ら矛盾するものではない。ちなみに、前記控訴人の夫喜蔵名義の建物についての虚偽の登記申請に関し、右喜蔵から同物件所在地の伊東出張所に対する申出により、右登記が避止されていること、及び、本件において、梅田登記官が、その供述中において、警察官から犯罪の蓋然性について根拠を示してする報告があつた場合には、登記申請の受理につき慎重を期することが登記官の義務であつて、かかる取扱いによるものであるとしていることからも、これを窺うことができるところである。

よつて、本件についてこれをみるに、江戸堀出張所では、昭和五三年一二月二〇日段階において、同月一四日受付けにかかる本件仮登記申請について審査し、登記官による校合を待つ段階にあつたものと認められるところ、右申請における委任状及びその印鑑証明は巧妙に偽造されていたけれども、前示のとおり、大正区役所区長の印影には若干の相違があり、とくに、右印鑑証明書の番号に齟齬、不整があつて、しかも、本件登記申請が申請書副本によつているところ、右岡本からその権利証を現に所持していることを示し、これが控訴人の意思に反することを強く訴え、右申請による登記をしないよう求め、これを受けた弓削警察官は、右控訴人らからの事情聴取に基づき、本件登記申請をめぐり犯罪の嫌疑を抱き、登記官に電話したものであり、その内容も、前記伊東の物件について捜査経過との関連において、本件各土地についての登記申請人と内容への疑問から、犯罪の嫌疑を示したうえで、これにつき登記記入をなすべきでない旨希望を述べ、また、このことのために、本件土地の登記簿謄本等証拠収集に、翌日、同出張所に赴く旨の申出をしたものであつてみれば、右は、弓削警察官による確実な根拠による犯罪の疑いの提示と捜査協力の依頼というべきであり、他方、同登記官が、右架電の相手方が板橋署の警察官であると認識していたことは前示のとおりであつて、これらを総合勘案すると、右登記官としては、右報告、依頼により、本件仮登記申請に関する犯罪の疑いを蓋然性の高いものとして強く認識できた場合というべきであるから、右警察官の申出を十分に評価し、右申請についての審査に一層の慎重を期し、右委任状の真正に資する印鑑証明書の番号、形式について留意、検討すべきであり、これにより、右印鑑証明書の番号そのものが、大正区役所区長による真正な印鑑証明書の番号に比し不整で、間隔もあり、その活(数)字の大きさも大きいものであつて、一見してゴム印による押捺であると判明し、また、一二月の年末段階としても本件印鑑証明書の番号が、真正な右同日付の印鑑証明に比し一桁も異にしていることでもあるから、右印鑑証明書ひいては委任状が偽造であり、したがつて右登記申請が虚偽のものであることがその経験上看破できたものと認められる。しかるに、前記認定のように、右登記官において、その予定された同月二〇日午後四時頃までに、控訴人らから右申請の取下げ等何の応答もみられなかつたことから、右弓削警察官からの報告、依頼についても特別の考慮を払うことなく、同日午後四時頃以降において、改めて申請書類の形式等について審査する機会があつたにも拘らずこれを怠り、年末における登記事務処理の流れの中で、本件土地について登記記入(校合)に及んだものと認められ、同月二一日午前、弓削警察官が、大正区役所区長の真正な印鑑証明書と本件印鑑証明書との比較により、これが偽造であり、本件登記申請が虚偽のものであることを直ちに発見していることからしても、右登記官においても、その慎重な審査によりこの事実に気付き、右虚偽の登記申請による登記を回避し得たものと考えられる(なお、右登記申請については、その結果につき問い合せがある等、この登記を特に急がせる事情があつたとも認められないから、本件につき、登記官に対し、弓削警察官が来庁するという同月二一日午前中まで、右警察官の申出を勘案しその報告をまつという慎重な態度は、その形式的審査権にかかわらず、これを期待することが可能であるというべきであろう)。そして、以上のような状況によれば、右登記官としては、右審査において尽すべき注意義務を怠り、右印鑑証明書を真正なものとして、本件登記記入に及んだことにつき、過失があるものと判断せざるを得ない。

もつとも、被控訴人は、登記申請における審査につき、本件において通常要求される程度の注意義務をもつてしては、その偽造を発見できない場合であり、このような場合にまで登記官が申請却下の義務を負うものでないと主張するけれども、本件では、前示のように、警察官からの犯罪についての強い疑いを示してする報告まで存在し、登記官にこれらについての認識があつた場合であるから、登記官が書類のみによる審査を尽す場合に要求される注意義務の程度に比し、登記官において、疑いを生ずべき事項についてより慎重に期すべきであるとして、審査義務の加重を肯定することは、その形式的審査そのものと矛盾するものではないというべきであり、更に、被控訴人は、公印の対照について、全国の市区等の真正な公印の印影を収録した資料の備えつけがなく、登記官において、日常職務上知り得た知識、経験により判定するほかなく、その調査義務も右の範囲に限定されるとするけれども、本件においては、既にその印鑑証明番号の不揃い等の異常があり、したがつて、右申請の虚偽性につき相当の疑念を抱くべきものであつたとみられるから、印鑑証明印等同出張所の手許にある資料に限定されるとの立論はこれを肯認することができるとしても、そのいう経験に照らし、十分な検討が予定されるべく、この点慎重を期する義務が解除されるものでないから、以上の主張はいずれも排斥を免れない。

二以上のとおり、右登記官に過失があり、登記官の右行為が公権力の行使に該ることは明らかであるから、被控訴人は、国家賠償法第一条に基づき、控訴人が被つた次の損害を賠償する義務がある。

そこで、控訴人の損害について検討するに、<証拠>によれば、請求原因3(一)ないし(四)の各事実が認められ、この反証はない。しかしながら、同(五)については、その事実が明らかでなく、これについて相当因果関係を肯定することができない。そして、以上によれば、控訴人が、本件各登記が存在することに基づき、その抹消等のため出費を余儀なくされた財産上の通常の損害は、金二二六万三〇六〇円となる。また、本件にあらわれた一切の事情(もつとも、訴外住田に対する金一〇〇万円の支払いは、自らの義務に属さない事項についての出費と認められるので、その相当性を肯定することができない)を考慮すると、その精神的苦痛は金五〇万円で慰藉されるのが相当であると認める。

三してみると、被控訴人に対し、右のうち金二五〇万円(当審で同額に減縮)の限度及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年四月八日から完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める控訴人の本訴請求はこれを認容すべきものであるから、これを棄却した原判決は失当であつて本件控訴は理由がある。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(大野千里 林義一 稲垣喬)

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